真実委員会/真実和解委員会(1)

 

語りえぬ真実

語りえぬ真実

なぜ、この活動にこんなにも興味を惹かれるのか。

21世紀を前後して、大規模な暴力を経験した社会において「真実委員会」という活動が行われ始めた。この活動は、過去の出来事(紛争下での暴力や犯罪)を裁くためではなく、この国で一体何が起こったのか、行われていたのかという点を公的に明らかにするため、被害者・加害者・指導者の声に耳を傾けながら、真実調査と報告書を刊行する目的を持った政府認定機関によって行われる。

ここには、真実を語ることが個人・社会的な癒しに繋がり、和解への道を開いていく。和解が国民統合を促し社会秩序をもたらすという想定があり、この背景は現代紛争の特異性による部分が大きい。

 

・現代紛争の特徴

現代の紛争は、「低強度紛争」や「難治性紛争」ともよばれる内戦型の紛争が主流で、その終結とはトップダウンレベルでの単なる停戦合意を意味しない。つまり、現代の紛争は、紛争→停戦合意→紛争終結→紛争再発といった具合に、終わりの見えない暴力の連鎖にとらわれているのである。ここでは、単に紛争を終わらせることが目的となるのみでなく、その再発をいかに防ぐのか、暴力の連鎖をいかに防ぐかという点が問題として浮上する。また、戦闘の被害は非戦闘員にまで及び、戦闘員同士が戦うことを前提としていた以前の戦争以上に紛争下の暴力の影響はより広範に根強く残る。

簡単に言ってしまえば、現代の紛争はその多くが国内で行われるため、紛争が終わったとしてもその後の国家再建が非常に難しい。基本的に敵は外におり、終戦後は戦争で団結した仲間たちと共に新しい目標に(経済復興など)に向き合うことのできた「戦後社会」とは事情がまるで違うのである。国内で国民同士が殺し合い、トップレベルの人間が妥協案により終結した「紛争後社会」においては、些細な論争・出来事が大規模暴力へ発展する可能性がある。

 

オルタナティブな過去への取り組み-裁くわけでも無条件に特赦を与えるわけでもない第三の道-

このような不安定な紛争後社会では、従来紛争下において行われた暴力や犯罪は、全面的かつ無条件に赦す「恩赦」という方法が取られることが多かった。つまり、新政権においては、どんなに残虐なことを行ったとしても全面的な恩赦が与えられ許されてきたのである。だが、どのような文化圏においてもその根底には、罪に対してはそれを相応の罰が与えられるという社会的装置が備えられている。つまり、暴力や犯罪とみなされるものが無条件で赦されるということはほとんどの社会では認められない。

従来の紛争後社会においては、「裁き」と「赦し」という二つの対立した選択肢が存在してきた。そして、どちらを取るのかという問題が最も難しい問題として常につきまとってきた。しかし、両者の選択ともに紛争の再発、暴力の連鎖へ導く結果となったことは歴史的に証明されている。「裁き」は既得権益の側から新たな暴力の形として、「赦し」は被害者や反政府組織の側から不満やてろという暴力の形として。このような中で、新たな選択肢として浮上してきたのが「真実の探求(による和解の促進)」であり、それを実行しいようと始まったのが「真実委員会」の活動なのである。

真実とは何か。紛争下において何が起こったのか。

これらの真実を明らかにすることが、暴力の被害にあった人々の癒しにつながり、国民としての共存認識を創造する。そして、このプロセスが紛争再発を予防する大きな可能性を持つということが、近年注目されている。

 

・真実委員会の誕生

真実委員会の活動は、アルゼンチン、ウルグアイ、ネパール、チャド、南アフリカエルサルバドルグアテマラ、ペルー、東ティモールシエラレオネ、モロッコ、リベリア、旧ユーゴを始め、定義により違いもあるが10-47の活動が行われた。しかし、この活動に国際的な注目が集まったのが、アパルトヘイト後の国家再建に直面していた南アフリカの「真実和解委員会」の事例であることは間違いない。

「互いに語り合おう。真実を語り、過去の体験を語ることで、和解への道を開いていくことができる。」

「過去の対立と分断を乗り越えるには、復讐でなく理解が、復讐でなく回復が、被害者化ではなくウヴントゥが必要なのだ」

「被害者救済を第一とし、「理解を重んじる精神によって過去の紛争と分裂を乗り越え、国民統一と和解を促進する」

という合言葉を下に、アパルトヘイト後の南アフリカでは、マンデラとツツの指揮によって真実和解委員会(TRC)の活動が行われた。緩慢なホロコーストとも揶揄された旧体制の指導者・戦闘員たちに対して、処罰でも単なる恩赦でもなく、「真実探求による和解」という方向性を明確にし、白人と黒人との共存を持ち出したのである。

真実和解委員会は、過去の不正や犯罪行為を調査し、公開ファーラムを開いた上で、報告書を編集・公開した。南アフリカ全土で2万1300人が証言を行い、語られた事実は3万8000件にのぼった。さらに、公開フォーラムでの証言者の声はテレビ・ラジオ・新聞などのメディアのバックアップを受け、南アフリカ全土の人々が聞くこととなった。被害者が語る姿は、多くの人々に共感と癒しをもたらす始まりとなり、そうした活動を政府が行っているという事実が、新政権に対して国民の信頼を与えるきっかけとなった。

 

自分たちの社会が経験した過去の大規模暴力の詳細を直視することで、将来同じことが生じてしまうことを防げるのか?

個人の語りに耳を傾けることで、否定や復讐に満ち溢れていた社会・個人の心に、共感と人間性を取り戻すことができるのか?

これらの疑問には対しては、未だ歴史的回答が得られていない。しかし、TRCの副委員長でもあったアレックス・ボレインが述べるように“真実が必ずしも和解をもたらすわけではないが、真実なくして、真の、そして永続的な和解がもたらされることはありえない”そして、和解こそが暴力の連鎖を断ち切る最も基盤的なものとなりえ、平和への道を開くものなのである。

このような理念から、真実委員会という活動は今や世界的な広がりを見せ始めている。

 

真実委員会という選択―紛争後社会の再生のために

真実委員会という選択―紛争後社会の再生のために

国家の仮面が剥がされるとき―南アフリカ「真実和解委員会」の記録

国家の仮面が剥がされるとき―南アフリカ「真実和解委員会」の記録

カントリー・オブ・マイ・スカル―南アフリカ真実和解委員会“虹の国”の苦悩

カントリー・オブ・マイ・スカル―南アフリカ真実和解委員会“虹の国”の苦悩